
どこでも誰にも良き住まいを――。2025年8月にスタートした連載企画「どこ誰」は、エコハウス研究の第一人者、前真之先生(東京大学准教授)が、「健康・快適に暮らせる、十分な性能の家をすべての人に届けたい」という思いを胸に、工務店とその周辺のステークホルダーに取材を重ねてきました。「十分な性能の家」の普及に立ちはだかる課題と、その突破口を探る挑戦です。
新春特集号の拡大版では、これまでの5回の連載を振り返り、一つの答えとして「高性能賃貸住宅」の普及に光を当てます。かつて「狭い・うるさい・寒い」が当たり前だった賃貸住宅が、地域工務店とオーナーの協業によって「十分な性能を備えた豊かな住まい」へと生まれ変わりつつあります。住まい手・貸し手・つくり手の「三方よしの高性能賃貸」を普及させるためには何が必要なのか――。
第1回に登場した高性能賃貸の先駆者、夢・建築工房(埼玉県東松山市)社長の岸野浩太さん、高性能賃貸で満室経営を続ける地主系オーナーの岡野敏彦さん(第2回登場)、そして覆面の熱血オーナー、ZAKIさん(仮名・第5回登場)を迎え、前先生がつくり手と貸し手の本音を引き出しました。

高性能賃貸が少ない理由
勉強しない大家が大手業者に丸投げ?
前:三方よしの高性能賃貸市場に向けて、何が障害になっているのでしょうか。
ZAKI:まず、消費者が検索サイトで賃貸物件を探す時に、性能を基準に選ぶことができません。そもそも高性能賃貸の物件数が少なすぎるので、紹介する側も対応する意味がないと考えているのでしょう。
オーナーそれぞれの思想や暮らしの提案があって、それに共感して選ぶのが本来あるべき姿だと思うんですが、高性能賃貸は物件の母数が絶対的に足りない。もっと多様な物件が市場に出てくれば、「性能で選ぶ」という文化も自ずと育つはずです。
岡野:逆に言うと、今は“競争相手”がほとんど存在しない。だからこそやる意味があるし、伸びしろが大きい市場なんです。
前:日本の賃貸市場は、立地や利便性がもっぱら重視されてきました。確かに好立地の物件は限られますが、「性能」は違います。構造・断熱・遮音といった基本性能は、どんな物件でも“備えようと思えば備えられる”普遍的なものと考えています。
本来は普遍的であるべき「十分な性能」が、大半の賃貸物件に備わっていない。日々の暮らしの質に直結する断熱・省エネや遮音・耐震といった基本性能をしっかり備えた家を“探せない”“選べない”状態が続いてきたのは恐ろしいことです。
現状の賃貸市場を見ていると、「オーナーが大手業者へ事業を丸投げしている」ことが最大の構造的問題だと思いますが、いかがでしょう?

岡野さんの高性能戸建て賃貸
岡野:賃貸の大家は、大きく分けて土地持ちの“地主系”とサラリーマン大家や資産家大家などの“投資家系”の二種類います。地主系大家は土地をすでに持っている分、利回りに追われないから、本来なら高性能に挑戦しやすい立場。でも実際は、“高額の”大手業者とその関連企業に任せきりにしてしまい、自分でちきちんと勉強していない。
ZAKI:地主系は土地を既に所有しているから賃貸物件建設へのハードルが低く、“大家が深く考えなくても何となく建った”という状況が生まれやすい。大手業者は相続税対策も資金計画も“全部コミコミ”のパッケージプランで提案してくるので、大家にとっては楽だし、勉強いらず。そのまま言いなりで提案された通りに建ててしまうケースが多い。せっかく性能やデザインを深く考える余裕があるのに、それを生かせていない。
岡野:ちょっと勉強して分析すれば、利回りが業者の提案通りにいくわけがないとわかるんですがね。
ZAKI:一方で投資家系大家は、勉強熱心だけど、利回りや融資などの見かけの数字だけが判断基準になる。建物に興味がなく、性能にコストをかけるという発想がないので、今度は“ローコスト”の大手業者に丸投げしてしまう。
実際には、地域工務店に建ててもらったほうが性能もよく、コストも抑えられる。私は今、3階建ての木造マンション(木三共)を岸野さんに建ててもらっています。それと同規模の “高性能ではない”3階建てが大手業者だと3億円超えとはるかに高額になります。きちんと比較すれば、地域工務店にお願いする方がコスパがいいんです。
岸野:だからこそ、まずは地主系大家が「大手に丸投げ」から脱却をして、性能や計画を主体的に考えることが大事だと思います。そこが変われば市場は一気に動くはずです。
現場から見るリアル
こだわりの高性能木造賃貸3階建てマンション
前:今話にありましたように、ZAKIさんは、アイプラスアイ設計事務所(飯塚豊さん)と夢・建築工房との共同プロジェクトで、こだわりの3階建て超高性能木造マンションに挑戦されていますよね。完成は2月の予定と聞いています。

ZAKIさんの3階建て超高性能木造マンション(施工中)
岸野:たぶん3階建ての超高性能木造マンションは全国で初めてなのではないですかね。同業者の関心がものすごく高くて、すでに30年分の入居者に匹敵する数の同業者から見学の申し込みが来ています。
岡野:今回の木三共は家賃がやや高めだから、転勤シーズンを逃さないよう、3月中に満室にするのが肝心ですね。
岸野:家賃が高いと言っても、当社のスタッフはみんな「この家の家賃がこんなに安くていいの?」と言っています。圧倒的に快適で、冷暖房費がほとんどかからないから、長期的に見るとお得です。入居すれば、間違いなく良さがわかってもらえるはず。
岡野:高性能な住宅に入居してひとたび快適さを知ってしまうと、もう退去するのが難しくなりますね。私の物件の退去理由は、もっぱら転勤か持ち家の購入。「狭い、うるさい、寒い」といった性能への不満はないので長く住んでもらえます。性能は入居時のインセンティブにはなりにくいのですが、空室防止には絶大な効果があると実感しています。
ZAKI:逆に、「騒音や寒さ、結露、カビ」などの低性能からくる問題は、強い退去理由になります。さらに“暮らしの質”を高めるうえでは、性能だけでなく外部環境も大事だと思っています。そこで今回の物件でもこだわったのが植栽なんです。緑を近くに感じられるよう計画し、1階の住戸には畳敷きのスペースを用意しました。「畳に座ってゆっくり植栽を愛でる」。落葉や花も含め四季の変化を楽しむ植栽計画が今のトレンドです。
岡野:植栽の維持管理は誰が担うのですか?
ZAKI:入居者です。植栽剪定は管理側で実施していますが、普段の草むしりや水やりは(入居者に)やってもらっています。私の戸建て賃貸物件には「畑スペース」があり、みんな野菜を育てたり、草取りや水やりを楽しんでいます。
岡野:去年、6軒の戸建て賃貸の共用部に畑スペースをつくって、ミニトマトの苗を植えたんです。みんな楽しんで収穫していました。
岸野:一般的には敬遠されがちな1階も、植栽や庭があればむしろ積極的に選ばれます。スタッフからも「畑があるなら1階がいい」と声が上がったほどです。
ZAKI:今回、植栽をふんだんに置いて、緑が近くに感じられるようなしつらえにしていることで、日当たりが少し足りないという1階の弱点も十分補えているはずです。
前:こうした柔軟な対応は、大手業者ではありえないですね。地域密着の地主さんだからこそできて、差別化になりますね。
岸野:植栽がものすごくきれいで、庭に道があったりしてとてもいい感じです。1階でもすぐに決まりそうな感じがします。
ZAKI:家賃はこのエリアの相場より2割ほど高いですが、それでも「緑と畳の暮らし」に価値を見いだす人は確実にいると思っています。
性能の見える化
性能ラベル、太陽光、気密の課題
前:性能を住まい手に知ってもらう上で、どんな課題がありますか?
岡野:高性能賃貸は退去が減るので空室防止に関しては強烈な効果があります。ただし・・・
この記事は新建ハウジング1月10日号12〜13面(2026年1月10日発行)に掲載しています。
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