住宅に要求される性能の水準は高まる一方だ。住まい手や社会にとってはいいことだが、つくり手目線では制約が増えたとも考えられる。構造は今や耐震等級3がデファクトスタンダードとなり、プランに苦心する設計者も多いだろう。しかし、ネイティブディメンションズ一級建築士事務所(新潟県新潟市)を主宰する鈴木淳さんは、性能と意匠を両立させることが「設計力」だと説く。鈴木さんに、プレイヤー目線でそのコツを語ってもらった。
※この記事は、『月刊アーキテクトビルダー2022年5月号/超耐震技術解説』に掲載した記事をデジタル版として編集し、再掲したものです。

ネイティブディメンションズ一級建築士事務所代表
1973年新潟市生まれ。数寄屋建築、ツーバイフォー工法、接合金物工法などの設計経験を経て2008年に独立。狭小延床面積で構造・温熱・意匠を一体化した設計を強みにする。独立後、エムズ構造設計(新潟)主催の実務研修で長年講師を務める。2018年地元建築事業者とともに勉強会「住学(すがく)」を共同創設。以降、得意分野を活かしたコラボやサポートなども手がける。 現在、新潟県建築士会新潟支部支部長、新木造住宅技術研究協議会(新住協)新潟支部副支部長も務める。
構造計算した家は住まい手よし、つくり手よし
なぜ構造計算が必要なのでしょうか。大前提として、建築基準法の第1章第1条にある「国民の生命、健康及び財産の保護」を正しく解釈し、命と財産を守ることは、私を含めたすべての建築士に課せられた責任です。そもそも4号特例は、確認申請時に構造計算書の添付が不要なだけ。決して壁量計算等を含む構造計算をしなくてよい、ということではありません。
私自身、自分で設計した住宅の安全性に対する純粋な興味はあるし、住宅設計を通じて感謝されたい。自分の設計した建物が地震で倒壊して、万が一誰かが命を落としたら、間違いなく一生後悔するでしょう。そんな後悔は絶対にしたくないのも、構造計算を必ず行う理由です。
構造計算の結果は、いざという時にならないと確かめにくいから、興味も薄れるかもしれません。しかし私自身の経験で言えば、構造計算をするようになってから、塗り壁のひび割れが明らかに減り、その後のメンテナンスが楽になりました。
精度の向上も要因のひとつでしょうし、強風や車の振動による揺れに強くなったせいでもあるでしょう。つくり手目線では、構造計算は、寿命や維持管理にも貢献する要素なのです。
後戻りできないから構造にしわ寄せ

平面だけを考えて設計すると構造にも無理が出る。立体的に考えればプランや意匠もついてくる
工務店の設計プロセスが、後戻りしにくい流れ作業になっているように見受けられます。スケジュールが厳密に決まっており、担当者から次の担当者にどんどん作業が移っていくため、手戻りがしづらく、川下ほど責任も重くなります。
構造の検討は本来、川上に位置すべき作業ですが、川下の作業になってしまっているのが現状でしょう。柱一本の追加で負担が軽くなる場合もあるのに、既にお客様との打ち合わせは終わっているからとプランは変更できない時は、力ずくで解決することになります。確かに、力ずくでどうにかはできます。しかし誰も、どうにかした結果に100%満足していない。一歩後戻りができれば、みんな満足できることもあると思います。
また、世にあふれている情報のせいで、整合性が取れなくなっている工務店もよく見かけます。構造、温熱、耐久性、対応(可変)性などそれぞれの性能が、提案したい暮らし方とどのように関わっているのかを説明できるようになってほしいですね。全て最高等級を達成したとしても、何も考えていないのでは意味がありません。
構造とプランは同時に考えよ

設計の初期段階の鈴木さんの図面。赤い点が柱の位置だ
構造計画では、壁の強さと配置のバランスに気をつけています。プランができてから耐力壁の配置を考えると、さっき言ったように “力ずく ”で解決しがちです。構造上は壁が強い方が確かに有利ですが、プランと同時に耐力壁の配置を考えることで、壁量を減らせます。
立体としての面白さを無視して、平面図だけで考える「平面図至上主義」な人は多いですね。プランの段階から立体で考えていくと、それがそのまま伏図のイメージにもつながります。例えば「ここに梁がないほうが美しくなる」と思ったら、梁をなくせる構造計画を考えれば良い。立体で考えることで、プランや意匠も導き出せるでしょう。
私はあまり手を動かさず、頭の中でプランを考えることが多いんです。柱の位置だけはまず描き込むけれど、壁などの線は頭の中で形が見えるまで描きません。こうすると、「ここに壁が必要だ」「こっちは柱だけで済む」などと、柱で構造を判断できるようになります。
プランと構造を、同時並行で考える基本になるのが、ツーバイフォー工法(枠組壁工法)の技術基準です。構造を隠してしまうなら、ツーバイフォーほど合理的な構造はないのではないでしょうか。それでも日本で在来工法が主流なのは、感覚的に軸組を美しく感じる何かを、われわれが持っているのかもしれませんが、この技術基準は在来工法に転用しても何ら問題はありません。使いこなせるようになれば設計も楽になりますよ。
自由度は設計力で解決できる

構造上必要な柱や梁、壁も、構造以外の理由付けによってより納得が得られやすくなる
「高断熱化によって窓が小さくなる」と言われるように、構造も高性能を追求すると設計の自由度が損なわれると言われますね。確かに、耐震等級3にすれば必要な壁量は増えます。しかし、それが邪魔にならないような空間をつくることが、設計という行為ではないでしょうか。
プランの段階で必要な耐力壁の位置が想像できれば、それを意識しながら間取りを考えていくし、柱が、構造上絶対に必要なものだとしても「ここに収納があったほうがいいから」など、構造以外の理由にスライドさせ、メリットが目立つ理由付けができると納得もしてもらいやすい。いわば “別の理由をつくる ”技術も設計の一部ではないでしょうか。
構造とその他の性能を両立させるためには、全てを同時に考えることが重要と考えています。設計の範疇では構造や断熱、意匠になりますが、お客様や現場とのコミュニケーションも大事です。みんなで一歩一歩、同時に進んでいきましょう。
そもそも、敷地条件、法規、お客様の要望など、設計には制約がつきもの。完全な自由はありません。私は、そこに構造も加えて検討していただきたいと思います。
一人ですべて設計できる人材が最終目標だ
構造計算は、設計の初めの段階から関わることが重要で、内製化することは必ずしも必要ではないでしょう。私が實成(康治・ウッドハブ代表)さんに構造を依頼するとしたら、計画の段階から實成さんに相談しながら、常に二人三脚で設計を進めるでしょう。逆に内製化しても、最後に構造担当者に丸投げでは外注と大した差はありません。
もしチームを組むのがもどかしかったら、一人で構造、温熱から意匠まで、すべてを設計するのもいいかもしれません。むしろ一人ですべてこなせるようになることを目標にしていただきたいですね。住宅は最も小さな建築だから、一人で設計することも不可能ではありません。
許容応力度計算をマスターできれば、かかる時間を圧倒的に短縮できます。私の場合、柱の位置を決めた段階で構造計算をして、そこから初期プランを描き始めたりします。自分で考えた構造計画であれば計算は2~3時間程度でできるようになります。習得するまで時間はかかりますが、一人ですべてを設計できる人材を育てれば、それは皆さんの大きな財産になるでしょう。
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