新建ハウジングが主催する実務研修プログラム「工務店ミライ塾」の講師を務める5人のトップランナーに、設計力を武器に工務店を進化させるためのヒントを伺う対談企画。後半となる第2部では「チーム・組織としてどのように設計力を高めていけるか」「組織の設計力を高めるために経営者としてどんな環境を整え、どんな心構えを持つべきか」について聞いた。
<登壇者>
シンケン 代表取締役 迫英德氏/松尾設計室一級建築士設計事務所 代表 松尾和也氏/アイプラスアイ設計事務所 代表 飯塚豊氏/M’s構造設計 土居守氏/ネイティブディメンションズ一級建築士事務所 代表 鈴木淳氏
<進行>
新建新聞社 代表 三浦祐成
第1部>>>工務店ミライ塾講師に聞く 「設計力」で工務店をアップデートする方法
組織として設計力を高める
三浦 前半では、工務店が設計力を高めていくために何が課題で、どんな解決策があるか。弊社主催の各塾で講師を務めているトップランナー5人にご意見を伺いました。前半(第1部)の設計者個人のスキル向上という視点のほかに、後半(第2部)では「チーム組織としてどのように設計力を高めていけるか」や「組織の設計力を伸ばすために経営者はどんな心構えでどんな環境を整えるべきか」についてもお伺いします。
迫 われわれのやり方を一部ご紹介しましょう。シンケンでは「初回プレゼン」を最重視しており、ここに我々が手がける設計の中で最もエネルギーを注ぎます。この初回プレゼンでプランを描き、プレゼンするのは、顧客と直接対峙してきた人、つまり営業なんですよ。顧客にお声がけいただいて初対面の時から、すでにプランニングが始まってるんですね。どうでもいいような話をするんじゃなくて、それを聞いている時に、この顧客にはこんな家をつくってあげたらいいな、とイメージを膨らませて提案できるよう、あえてその役割分担にしています。
そのため、営業スタッフが顧客に「初回プレゼン」を行う前に、事前に社内チームでプレゼンを行い、「なぜそのようになるのか」「本当にそれで良いのか」を徹底的に議論します。この過程は、顧客が気づいていない潜在ニーズ(欲求)に応える提案を構築するために極めて重要であり、我々の真価が試されるところです。
徹底して議論を尽くすことで、「初回プレゼン」当日は、「あなたは私に依頼し、お金を準備するだけでいい。その他は全て任せた方が良い」という覚悟を持ってプレゼンに臨む。ともすれば横暴に思われるかもしれませんが、でもそれは顧客に何でも聞いてそれに従い、最終的に責任転嫁する、冒頭の「注文住宅」の家づくりとは全く対極にある発想なのです。実際そういう姿勢で提案すると、ほとんどの場合その場で決まります。決まらない時は予算がオーバーした時ぐらいでしょうか。
もう一つ、弊社内では「ミケラン」という取り組みを続けています。これは引き渡し直前の物件について、担当した営業・設計・監督の3人および社内有志が集まって、なぜこうしたのか、もっと良い方法があったのではと、社内で徹底的に改善点を洗い出して議論する。シンケンの家はこういうものだと。寄ってたかって、ああでもない、こうでもないとやり続けることによって「シンケンスタイル」のような、自社独自のスタイルが培われていく。そういう議論ができる建築の文化みたいなものが引き継がれていくことも大事です。
経営者としての心構え
迫 「いい家とは何か」の基準を会社のものさしをいかにそろえていくか。やはり社長自身が明確な判断基準を持っていることが大前提で、ここは避けて通れないんじゃないかと思います。
工務店社長が建築がわからないというのは、レストランのオーナーがその店の料理のおいしさを判断できないのと一緒。料理をつくる人がオーナーだと、ある意味顧客も安心ですよね。建築も一緒じゃないですか。経営者が設計の良し悪しがわからないと、こうしなさいと言えない。だから経営者は設計者に「それは顧客に聞きなさい」とか言ってしまう。それが責任回避型の注文住宅にもつながってしまうんですよね。
経営者は、自分が好きでこの仕事を選んだのだから、自分なりの価値観や基準を持っているはずです。「自分が良いと思う家が良い家」であり、「納得できない家は良い家ではない」といった明確な尺度を持ち、それを社員に積極的に伝えることが重要です。その過程で、経営者の価値観に共感できない社員が離れていくこともありますが、それは会社独自のスタイルを確立するためには必要なことです。むしろ、価値観に対して無反応だったり、心から納得していないのに賛同するふりをする社員がいると、会社の方向性がぼやけてしまい、いつまでも会社独自のスタイルが確立しないのです。
松尾 「いい家の基準」を言語化するのは確かに難しいものです。迫さんがおっしゃるように、経営者が明確な価値観を持ち、それを社員に伝えることは非常に重要です。その方法の一つとして、私は社長自身が紀伊國屋やジュンク堂など大型書店の建築コーナーに行き、自分の感性に響いた本を5冊選ぶことを提案しています。選んだ本を社員と共有しながら議論を深めることで、会社全体の価値観やものさしをそろえるきっかけになるのではないでしょうか。このプロセスを通じて、経営者自身の価値観がより明確に伝わり、社員との共通理解も深まると思います。
冒頭の通り、ルームツアー動画の普及によって住まい手の設計の目が肥えています。今後工務店さんも体制の構築が必要です。担当設計者が1人で案件を囲い込まず、社内で一番うまいと言われる熟練設計者が、部下の設計プランを顧客に出す前にきちんと内部チェックすること。熟練設計者がいない場合は、潔く設計を外注すること。そこからがスタートかなと思っています。
また、小さな会社であっても、経営者が設計者育成のゴールを明確に設定し、それを目指すことが重要です。例えば、医師が国家資格を取得しなければ手術を行えないように、弁護士が国家資格を持たなければ法廷で代理人として活動できないのと同様、建築士資格を持っていない人が顧客向けにプランを描くのは、本来適切ではないと感じます。
設計を志望する社員には、会社として、少なくとも二級建築士の資格を取得させ、構造設計や施工、建築基準法などの基本的な知識を習得させることが必要です。その上で、例えば伊礼智さんなど、自分が尊敬する建築家が主催する設計研修を受けることで、初めて顧客にプランを提案できるスタートラインに立てるのではないでしょうか。
飯塚 シンケンがリリースした「スタディハウス01・02」は、1棟2000万円の規格型住宅ですが、設計・施工・コストを一体化し、工務店の可能性を極限まで引き出した秀逸な事例です。例えば、1階の階高を2100㎜、階段を10段に標準化することで、特殊な部材を使わずにコンパクトで居心地の良い空間を実現しています。これに対し、一般的な工務店では、階高や天井高が物件ごとにバラバラで、効率や快適性への意識が薄いのが現状です。
「スタディハウス01・02」は、単なるパッケージ住宅としてではなく、試行錯誤を重ねながら常に最善を追求するプロセスから生まれた「工務店の本質的価値の結晶」と言えます。このような取り組みは、工務店ならではの柔軟性とつくり手としての可能性を示しており、ハウスメーカーや設計事務所には真似できない独自性を持っています。しかし、これを実現するには経営者の視座が不可欠であり、ビジョンを持った経営者の存在が成果を大きく左右するという点も重要です。
土居 経営者の意識によって、自律的に学びの場を探し出し、挑戦していくことでどんどん成長していける会社と、そうしたアンテナを立てられず、何を学んでいいかわからないまま立ち止まってしまう会社があって、同じ工務店でも知識やスキルの差が広がっています。
では立ち止まってしまっている会社がどのように軌道修正していけるか。手前味噌ですが、外部で学べる場を見つけるのが一つかと思います。JBNや新住協など、各種工務店ネットワークに加盟されている工務店であれば、評判の良い研修の情報が得られると思います。個別コンサルを受けられている工務店であれば、具体的に自社にどのようなスキルが足りないかを含めて学ぶ場を紹介してくれるかもしれません。
松尾 工務店の経営者も、自分が本当にやりたいことが何なのかわからず迷っている方が多い。でもそれって例えば将来何になりたいというのが明確にない子どもたちが多いのにも似ています。でも見つかったらそれに邁進していける。この人熱いな、この人本当にこれ好きなんだなっていう温度感って、絶対見てる側に伝わる。それがそのまま発信力にもなるんですよね。それを見つけるところがまず根本のスタートだと思います。今年から始まる私の研修講座でも、ぜひそのきっかけをつかんでもらいたい。
鈴木 新潟県内の建築業者が技術やビジネスを学び合う取り組み「住学(すがく)」は、2018年にスタートしました。当初は目的のない飲み仲間の集まりでしたが、次第に「協業」の重要性が共通の認識として芽生えていきました。その象徴的なエピソードとして、住学メンバーが2チームに分かれて1つの住宅契約を競った案件があります。両チームが顧客のために最善のプランを考え抜きましたが、結果的に負けたチームのプランは無駄になってしまいました。同業他社を競争相手と捉えるのではなく、協業を通じてそれぞれの業者の個性を生かしながら顧客への価値を高めていくことで、新たな未来が広がるはずです。
三浦 「いい家とは何か」と本気で考えていることからしか、工務店経営も家づくりも始まらないなと思っています。まさにものさしとか価値観を持っていないと、主体性を持って 顧客にこういう家はいいですよ、とも言えないしその価値観を凝縮した規格型住宅もできない。結局経営って全ては価値観から始まる。ここはぜひ我々も追求していきたいテーマです。
理想は、社長が考える「いい家」の価値観を発信し、それに共鳴する建築好きな人材が集まることです。価値観が明確で、それに惹かれる人が集まる工務店は元気で、学びの場や設計塾にも積極的に参加し、好循環を生み出しています。こうした人材を増やしていくことが、私たちメディアの役割だと思っています。
学びたい気持ちはあるものの、方法がわからない人たちを皆さんが受け止めて育てることで、最終的に「いい工務店」「いい建築」が増えていく。そのためのスクール事業をこれからも推進したいと考えています。今年も新たな学びの場をつくり、貢献させていただければ幸いです。今回の座談会をこれで締めさせていただきます。この度は5人の講師の皆様、幅広く具体的な議論をいただき、ありがとうございました。(終)
「工務店ミライ塾」などの最新のセミナー・イベント情報はこちらからご確認いただけます。>>>https://www.s-housing.jp/archives/137953
今回参加した5人の講師 | ||
金を払ってでも発信すべき核を作り拡散し続ける方法 主講師 | ||
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松尾設計室 一級建築士設計事務所 代表 松尾 和也 氏 |
1975年兵庫県生まれ。1998年九州大学工学部建築学科卒業。2005年「サスティナブル住宅賞」受賞。「健康で快適な省エネ建築を経済的に実現する」ことをモットーにしている。設計活動の他、住宅専門紙への連載や「断熱」「省エネ」に関する講演も行っており、受講した設計事務所、工務店等は延べ6000社を超える。2020年からはYouTubeにも取り組みチャンネル登録者数は6万人を超える。 |
シンケンメソッドに学ぶ 視察・体験会 主講師 | ||
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シンケン 代表取締役 迫 英德 氏 |
1950年鹿児島県生まれ。1977年にシンケンを設立。自然・建築・人が呼応し合う唯一無二の設計思想や、独自の経営手法によって「シンケンスタイル」を確立。全国の工務店経営者から支持を集める。思想・価値観を全スタッフと共有する独自の取り組み「社長メモ」と「週3行」等で、強い組織を目指す。現在、鹿児島・福岡・熊本で年間70棟あまりの家づくりの現場に携わる。 |
工務店設計塾 塾長 | ||
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アイプラスアイ設計事務所 代表 飯塚 豊 氏 |
1966年東京都生まれ。1990年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1990年〜2003年大高建築設計事務所に在籍。2004年i+i設計事務所を設立。2011年法政大学デザイン工学部兼任講師に就任。間取りの考え方だけでなく、建築構造、断熱・通気設計など木造住宅の設計に欠かせない実務上のノウハウを指導している。著書に『間取りの方程式』『新米建築士の教科書』『ぜんぶ絵でわかる1 木造住宅』など多数。 |
全棟耐震等級3 短期集中実践塾 塾長 | ||
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ネイティブディメンションズ 一級建築士事務所 代表 鈴木 淳 氏 |
1973年新潟県生まれ。数寄屋建築、ツーバイフォー工法、接合金物工法などの設計経験を経て2008年に独立。狭小延床面積で構造・温熱・意匠を一体化した設計を強みにする。独立後、エムズ構造設計(新潟)主催の実務研修で長年講師を務める。2018年地元建築事業者とともに勉強会「住学(すがく)」を共同創設。以降、得意分野を生かしたコラボやサポートなども手がける。 |
耐震等級3 短期集中実践塾 塾長 | ||
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M’s構造設計 土居 守 氏 |
1986年広島県生まれ。広島県のビルダーに3年、ハウスメーカーに8年勤務し、主に在来軸組工法の戸建て住宅設計に携わる。2020年にM’s構造設計に参加。構造計算業務や「構造計算技術者育成コンサルティング」会員向けに構造計算の内製化に向けたサポート、実務を通じての質疑応答を行っている。 |
聞き手:新建ハウジング発行人・三浦 祐成 |
この記事は新建ハウジング1月10日号part2 8面(2025年1月10日発行)にも掲載しています。
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