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建築の道にすすんだ経緯
私の祖父は工務店を興した大工。叔父や父兄弟がその会社を引き継いだ。小さな注文住宅の工事を請け負いながら、建設会社の下請工事をもらって食いつなぐような零細工務店だった。兄弟の中で末っ子の父はもっぱら現場監督兼大工のような仕事をしていた。東京目白にあった自宅の一部がその工務店の事務所だったので、常時自宅には職人さんが行き来していた。建材カタログがたくさん並べられた応接スペースや、一角に製図台がある風景を思い出す。少し離れた場所に加工場もあり、親もいろんなものを作ってくれたので、その環境でものづくりの楽しさは自然と学んだし、何か作ること、描くことは当時から得意でもあった。
 
 ただその工務店は零細な上に、喧嘩も絶えなかったので、私は子供ながらに父の携わる建築の世界にあまりいいイメージをもっていなかった。兄や私は特に父の仕事を引き継ぐ気持ちはなく、父も特段それを望んでいなかったため、私は全く自由に将来の道を考えていた。
 
 きっかけは大学受験。機械系、情報系など、理工系の学部を幾つか受験したが、早稲田大学の建築学科の試験科目に「デッサン」があり、配点がかなり高かった。絵は子供の時から得意だったので、受験に有利というだけで建築学科を受験、合格したというのが建築に進んだきっかけだ。
 
 新卒の就職先は、メタボリズムの建築家、大高正人が率いる設計事務所。大高氏の事務所は主に都市計画や大型の公共建築を主力に手掛けていたため、住宅も木造も一切やらない。そんな事務所で13年修業した。建築の魅力や楽しさに気づいたのも、建築を芸術の側面からだけでなく、技術の側面から考える「テクニカルアプローチ」を身に着けたのも、その時だ。
 
 ちょうど公共建築の仕事を取るのが難しくなっていく時代でもあった。コンペやプロポーザルで多くの審査を受け、数多くの入札者から客観的に選ばれないと仕事が取れない。あとは設計料のダンピングで仕事をとるしかない。だが、ちょうどインターネット黎明期でネット経由で仕事が取れるかもしれない」という時代が始まっていた。であれば個人住宅をネット経由で受注する、という新しい形態がありうるのではと考えて、設計事務所として独立した。

 

試行錯誤の中で生まれた方程式
 もともと修業時代の事務所では木造も住宅も一切やっていなかった。私自身も木造を知らない。木造住宅のつくり方(設計法)を自分で発明するしかなかった。どうやったらうまく設計できるか、もっと合理的な方法で設計するにはどうしたらいいか、を常に考えてきた。
 
 設計事務所時代に身につけたルールから木造住宅の世界をみると、最初はその設計の進め方が非常に特殊で、ある意味奇妙に映った。
 
 大きな違和感は、建主の要望を聞いて、そのままつくるということ。さらに、間取りと矩計図だけで家をつくってしまう、という慣習にも違和感を持った。
 
 簡単にいえば、個々のプロジェクトがその場しのぎの間に合わせの産物になっていて、建築の醍醐味である「芸術と技術を融合させる」過程がない、という風に見えた。現代の街並みがこんなに崩れてしまっている、ということもこれで納得ができた。技術的にもまだまだ吟味追求されていないところがあるようにみえ、それを追求して示していくことは自分が一定の役割を果たせる(居場所がある)と思った。
 
 転機になったのは2011年。法政大学の講師を務めるようになったこと。きっかけは大学同期で網野禎昭氏がウィーン工科大学から日本に戻って法政大学教授に就かれるにあたり、木造住宅の基礎を一緒に教えてほしいと依頼を受けた。今年で12年目になる。
 
 私の講座は学部2年生の必修授業で、大学4年間のなかで木造住宅について学ぶ唯一の講座。学生は1年間全14回で木造住宅建築をゼロから初めて、軸組模型をつくり、最後には矩計図・軸組図までを完成させる。矩計図は、構造はもちろん断熱・気密・通気まで全て検討されたもの。実際にそのまま建てられる図面が完成する。他大学の建築学科ではいまだに木造を学べないことを考えれば、学生達にとって貴重な経験になっていると自負している。
 
 この講座も最初から完璧だったのではなく、当初は試行錯誤の連続だった。間取りから考えると急に設計が硬くなる。平面図を立ち上げるだけではフラットルーフの箱にしかならない。できた空間も全く魅力的でない、架構も合理的でなく、環境にもそぐわないものができる。まずはそれをやめようと思った。
 
 学生を教える中で自分でも大きな気づきになったのは「間取りから考えない」ということ。形をつくるときは、平面を立ち上げるのでなく、むしろ断面を押し出すほうがいい。このことに気づき、授業でも実践したら非常にうまく行った。本の中では「トコロテン方式」として紹介しているが、造形やボリュームから建築を考えることが決め手だ。
 
 さらに学生には、必ず真似することから始めなさい、と伝えている。学生はみんな自分の頭でパズルのように解くのが大好きだが、初心者が設計すると、考えがまとまらず破綻してしまうか、つまらない単調なものになってしまいがち。普段からいい建築に触れて、いい空間を体感する。実際設計する際は、その図面を脇に置きながらプランを書く様に指導する。
 
 そうした自分の経歴と、大学で学生を教える経験をもとに、自分なりの間取り本としてまとめたのが、「間取りの方程式」(2014年、エクスナレッジ社)。タイトルは「間取り」とあるが、実は間取りに関して触れているのはごく一部で、それ以外のほとんどを建築フォルムのつくり方に充てている。動線計画をどれだけ工夫しても、良い間取りにはならない。最終的にいい形の間取りを作るためには、いい形の検討が先に必要だ、という気づきをこの本に込めた。
 
 また設計という行為はいきなり方眼紙に向かうのではなく、その前段に必ず入念な調査が必要。この過程をきちんと踏まないと、良い設計、意味のある図面にならない。その思いから「新米建築士の教科書」(2017年、秀和システム社)では現地調査の仕方、役所ヒヤリングの仕方、上司相談の仕方、などを含めて書いた。
 
「ぜんぶ絵でわかる1木造住宅」(2022年、エクスナレッジ社刊)は、法政大学の学生向けに作成・配布した1年分の資料を一冊にまとめたもの。前提知識ゼロの大学2年生にもわかりやすく、それでいて実務者でも意外に知らない、木造住宅の最前線を盛り込んでいる。

 

地域工務店への期待
 ウッドショック以降、注文住宅の工事費が急激に上がっている。一説によると、ハウスメーカーの請負額は坪130万円を超えているとのこと。価格高騰のなかでは、間接費を圧縮できる小規模な企業が有利になる。また現在のように世帯構成やライフスタイルが多様化している中で、それらに個別対応するには、小規模な工務店に強みがある。
 
 一方で地域工務店のボトルネックとなっているのが設計力。一般顧客から見ると(設計事務所の立場からみれば50歩、100歩でも)地域工務店よりハウスメーカーの設計が優れている、という認識があるようだ。そういう評価を変えていかなければいけない。
 
 「某建築家が設計した企画型住宅」を採用する方法もあるが、おそらくそれでは長続きしない。長い目で見れば、自社の設計力を上げていくのが一番有効ではないか。工務店は設計力次第で、一気に他社と差別化できるようになる。
 
 ではどのように設計力を磨くか。私のこれまでの経験からいえることは、早い段階で木造住宅の設計方法のスタンダードを学び、土台をつくること。我流の設計ではどこかで必ず行き詰まる。単に性能の良い住宅や建築主の御用聞き住宅は設計できても、魅力的な住宅は絶対に設計できないからだ。
 
 今までは木造住宅の設計方法を体系的に学べる場がなかった。木造専門の設計事務所に入所して5年〜10年働かないと絶対に身につけられないと考えられてきた木造住宅を「工務店設計塾」ではわずか半年間で学べることの意義は大きい。
 
 この塾で提唱する設計順序や設計のセオリーは非常に具体的だし単純だ。その実践には経験もセンスも必要ない。環境を読み解き、手順を順番にこなしていくだけである。この塾には、本当の初心者も参加することがあるが、大体数回で勘所を掴む。だから1回目の課題と6回目の課題は驚くほど変わる。ベテラン設計者は、長年の我流で染み付いた悪い癖を正される。本当に大事なポイントがわかるので、ブレなくなる。やるべきことが明確になり、それによって自分のアイデアを表現する余裕ができる。本塾での学びを日々の設計で繰り返すだけで、新規顧客に訴求する、「魅力的な住宅」が設計できるようになる。
 
 本塾で基礎を学べば、機能、性能を満足した上で、その先にある、環境との一体化や空間の魅力を表現できるようになる。住宅だけにとらわれない「建築」という大きな枠組みで勝負ができるようになる。そんな風に建築を志す設計者のための最初の種まきをすることが自分の使命だと思っている。(談)

■WORKS>>>https://iplusi.info/works/

 

 

※写真の見え方イメージです

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